【レポート】2026年4月12日 三浦綾子文学講演礼拝

礼拝

参加者のコメント

「続泥流地帯」の中に出てくる拓一の言動から、「馬鹿になる」ことの大切さを学びました。私は初め、「馬鹿になる」と聞くとネガティブなイメージを持っていましたが、この言葉には「どんな困難でもできると信じ、とにかく行動する」という意味があることを教えていただきました。拓一は、はじめから出来ると信じて行動したことで実際に復興することができたと知り、御心ならば神さまは私たちが思っている通りになるようにしてくださることを学びました。私はすぐに不安になってしまい行動できなくなることが多いのですが、少しずつ拓一のように自分から行動していくものにならせていただきたいと感じました。

レジュメ

三浦綾子文学講座 「続泥流地帯」

1、「続泥流地帯」とは

①第30番目の作品。 (「泥流地帯」は第25番目の作品。)

②北海道新聞の事情により、正篇と続篇に分けられた作品。

「「泥流地帯」は一九七六年一月四日、北海道新聞日曜版に連載が始まった。そして九月十二日で一応終わらせている。綾子としては、一年は連載するつもりであった。・・・ところが、一九七七年三月、「泥流地帯」が単行本として、新潮社から出版された頃(多分その後かと思う)、北海道新聞社から、「続篇を日曜版に連載してほしい」という注文があった。」(「三浦綾子創作秘話」三浦光世氏)

・連載 1978年2月26日~1978年11月12日(北海道新聞)

・単行本発行 1979年(昭和54年)4月15日(新潮社)

③主題は「苦難」(「泥流地帯」と同じ)と「復興」

「だから、もし、この「泥流地帯」という小説のテーマは何だろうか、と訊かれたら、私自身は、それは、「苦難の意味」ということではないだろうか、というふうに答えたいのである。」

(「続泥流地帯」文庫本解説、佐古純一郎氏)

「今しがた、吉田村長は、その弔辞の中で、「生き残りたる遺族は、更に決心を新たにして、本村再興のために渾身の勇をふるい・・・」と言っていたが、耕作の家のあたりは山から流れて来た大きな石でごろごろしている。・・・(こんな土地で復興できるのか?)」(「村葬」四)

2、「続泥流地帯」のメッセージ

①「拓一」に学ぶ

・馬鹿になる

「大変だからと言って投げ出せば、そりゃあ簡単だ。しかしなあ俺は思うんだ。大変だからこそ、いや、大変な時にこそ持ちこたえる馬鹿がいないと、この世は発展しないんじゃないか」「・・・」「俺はその馬鹿になるよ。馬鹿になるんだ。な、耕作」」(続「移転」六)

・出来ると信じる

「耕作ははじめから出来ないと信じている。拓一は出来ると信じている。お互いに反対のことを信じているのだ。」(続「火柱」一)

「あなたの信じたとおりになるように。」(マタイ8:13)

②「佐枝」に学ぶ

・一緒に苦労する

「拓一、お前は一度死んだも同然だからね。心で考える拓一が、考えたことなら・・・母さんも一緒に・・・今度こそ一緒に苦労するよ」(続「村葬」二)

・祈る

「次の居間の戸を、これまたそっとあけかけて、耕作ははっとした。石油ランプの下に、母の佐枝の姿が見えたからだ。・・・前かけで涙をぬぐうと、佐枝は手を組んで、頭を垂れた。かすかに口が動いている。祈っているのだ。祈りながらも、その頬を涙がこぼれ落ちる。」(続「同志」三)

「あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。」(Ⅱコリント1:11)

③「福子」に学ぶ

・きっと幸せになる

「「でもねえ、福ちゃん、きっと福ちゃんにも、幸せが来ると思うわよ。」・・・「幸せ? 小母さん、わたしに幸せがくるなんて、考えられないわ」・・・拓一は、「福ちゃん、そんなこと言っちゃ駄目だよ。幸せになるよ、きっと幸せになるよ、福ちゃん」」(続「同志」七)

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ29:11)

・人を励ます

「「仕事いうものは、何でもみんなつらいものさ。何せ、仕える、事(つか)えると書くのが仕事だと、よくじっちゃんが言っていた」・・・「仕える、つかえる? そう、事という字も、つかえると読むの。わたし、知らなかった。拓ちゃんは、本当に仕えているのよねえ。拓ちゃんのこの苦労で、この田んぼがいい田んぼになったら、百年後、二百年後の人たちも、この田んぼのおいしいお米を食べれるんだもねえ」・・・「ありがとう福ちゃん! 福ちゃんの今の言葉で元気だ出たよ」」(続「蕗のとう」二)

「受けるよりも与えるほうが幸いである。」 (使徒20:35)

④「佐野文子」に学ぶ

「「実は、旭川にね、佐野文子って、偉い女の人がいてね・・・その女の人はね、何でもキリスト信者なんだとさ・・・この佐野文子さんが、遊郭にしょっ中ビラをまきに行くんだってさ。そしてそのビラにはね、『お困りの人はいつでも私の家にお出でください』って、書いてあるんだそうだ」・・・「だけど、拓ちゃん、これは命がけのことなんだぜ。・・・牛太郎って知ってる? つまり用心棒さ・・・その牛太郎たちが、佐野文子さんの家に押しかけてさ、畳にぐさっと出刃包丁を突きさしたりさ、『命はないものと思え』なんて書いた、脅迫状を置いて行くんだそうだ」・・・「国ちゃん、その人は一体、どこからそんな勇気が出てくるんだろう?」・・・「うん、俺もそれがふしぎでねえ。 ・・・それで俺も笠巻に聞いた。一体どこからそんな勇気が出るんかなあってね。すると笠巻が言っていた。それはね、勇気じゃないよ、愛だよ、ってね」「愛?」「うん、佐野さんはね、いつも『愛には恐れがない』という言葉と『人、その友のために命を捨つる、これより大いなる愛はなし』という言葉をモットーにしているそうだ」「なるほど・・・愛というものは、そんなに強いものなんだなあ」 」 (「日めくり」五)

⑤「沼崎先生」に学ぶ

「それからね。沼崎先生は、誰にも同じ態度なのよ。使っているお医者さんたちにも、わたしたち看護婦にも、患者さんたちにも、それから出入りの木工さんや電気屋さんたちにも」(「蕗のとう」四)

「神は人をご自身のかたちとして創造された。」(創世記1:27)

「キリストはその兄弟のためにも死んでくださったのです。」(Ⅰコリント8:11)

⑥苦難の意味

「「じゃ、どうして災難を下すんだ、嫂さん」「修平さん、わたしには上手に説明できませんけどね。今、拓一が言ったように、人間の思いどおりにならないところに、何か神の深いお考えがあると聞いていますよ。ですからね、苦難に会った時に、それを災難と思って歎くか、試練だと思って奮い立つか、その受けとめ方が大事なのではないでしょうか」」(続「新秋」三)

「神のわざがこの人に現れるためです。」(ヨハネ9:3)

⑦報いの時

「もくもくと黒煙を上げて、木立の陰から汽車が現れた。・・・(乗っている! きっと乗っている)(いや、駄目かも知れない) ・・・耕作は目を大きく見張って、客車の窓を見た。(白いハンケチか。赤いマフラーか)一輌目が過ぎた。「あっ!」叫ぶ耕作の前を、白いハンケチがふられて過ぎた。「兄ちゃん!」耕作は思わず叫んで、拓一をふり返った。拓一が、くずれるように稲の中にうずくまるのを、耕作は見た。(兄ちゃん! よかったな、兄ちゃん!)耕作は泣きたい思いだった。拓一がすぐに立ち上った。鎌を持った手を大きくふった。鎌がきらりと、朝日を弾き返した。」(「汽笛」三)